息子が重度障害の診断を受けたことで介護職へ転身
「じつは、母親が身体障害者で、20歳の娘は知的障害者。24歳の息子は身体障害と知的障害がある重複障害者なんです」(日暮オーナー)
そう語るのは、2018年12月に「ペット共生型障害者グループホーム わおん」に参画した株式会社KURASURUの日暮美名子オーナー。彼女が介護の仕事に携わるようになったのは、息子が重複障害の診断を受けたことがきっかけでした。
「息子が生後9ヶ月の時に『今後、重度障害になる』と診断されました。私が物心ついた時から母親は関節リウマチがかなり進行している身体障害者だったんです。なので障害に対して抵抗はないはずなんですが、母親と自分の子どもとなると“思い”の部分で違って……。息子が重度障害者になった時に、私はその現実を受け入れられるのか。同じ境遇の方たちはどのような思いで介護をしているのか。あとは、単純にどう介護すればいいのかってことを知りたくてホームヘルパーとして働きはじめました」(日暮オーナー)
そうして、新たなキャリアを歩みはじめることとなった日暮オーナー。しかし、ある思いを拭いきれずに悶々とした日々が続いたと振り返ります。
「私と同じ境遇の方々がどういう思いで介護をしていて、それをどうクリアしているのかっていう部分を知りたかったのですがどうしてもわからなくて……。私が最初に所属したヘルパーステーションは、お年寄りの介護をする仕事が多かったんです。なので、私が学びたかったこととマッチしていなくて、3年働いたのちに重度障害者施設で働くことにしました」(日暮オーナー)
自身とより近しい境遇の方々がいるであろう環境を求め、重度障害者施設で働くことを決意。この決断が、彼女の人生にとって大きなターニングポイントなるのです。
障害者が一人でも生きていける場所を作りたい
「初めて全介助が必要な利用者さんを目の当たりにして、正直びっくりしました。すごく失礼なことかもしれませんが、全介助が必要な利用者さんがこうやって普通に生活してるんだから、私の子どもの症状は軽いんだって思えるようになったんです。それまで、子どもが障害者になったのは私と私の両親のせいだって言われて卑屈になってたこともありましたが、『もう誰にも何も言わせないぞ』って。気持ちが軽くなったというか、吹っ切れることができました」(日暮オーナー)
重度障害者施設で働いたことで、「生きる希望をもらえた」ともいう日暮オーナー。もちろん仕事の内容は過酷ながらも、自分なりにやりがいを持って働いていたと振り返ります。
「日々、命と向き合っているので楽な仕事ではないし大変なんです。でも、表現が適しているかどうかは分からないんですが、私なりに楽しく働いていましたし、生きる希望になりました。利用者さんは全介助が必要なので何もできないし感情表現も乏しいんですが、細かな表情の違いから『喜んでる』とか『悲しい』などといった感情が読み取れるようになって。憎たらしい子もいましたけど、それはそれでかわいいな、って感じで接してました(笑)」(日暮オーナー)
こういったキャリアを積むなかで、当時から“障害者が一人でも生きていける場所”を作りたいと漠然と考えていたのです。それは、彼女のある経験がきっかけとなっていました。
「私の母親は、私が15歳の時に亡くなりました。これを自分に置き換えた場合、私が死んでも息子は一人で生きていけるのか不安になったんです。息子が15歳のときにいろいろあって、児童養護施設に預けたことがありましたが、それまではどういう施設か分かりませんでした。ですが、実際に預けたことで、ここなら私が死んでも息子一人で生きていけるかもしれないと思って。その後に『障害者グループホーム』の存在を知り、私が作りたかったのはこれだったんだって気付いたんです」(日暮オーナー)
それ以前は、自身が亡くなったことを想定し、息子が生活をしていくのに十分な額のお金を遺そうと考えていた日暮オーナー。しかし、お金だけを遺したところで、重複障害者の息子はお金の使い方を知らないのが現状です。そこで、お金ではなく、息子をサポートしてくれる“人”を遺すべき——そのためにも“組織”を作ることが得策だと考えるのです。
叶えたかった夢が「わおん」でなら実現できる
障害者グループホームとは、障害者向けの支援付きシェアハウスのようなもの。空き家となっている一般住宅を利用し、日常生活に支障のない身体障害や知的障害、精神障害を持っている障害者4~5人が、世話人のサポートを受けつつ共同生活する場所のことをいいます。
「障害者が一人でも生きていける場所を作りたい」——特定の対象はなく漠然と考えていたものの、『障害者グループホーム』の存在を知ったことで活路を見出した日暮オーナー。そして、それを自身で作り出す大きな転機を迎えるのです。
「グループホームを運営したい一心でいろいろな場所に足を運んで情報収集などをしていた時期に、わおん運営本部の藤田社長に会う予定の方がいたので、その方についていって藤田社長にお会いしたんです。藤田社長の話や、わおんの事業の内容を聞いたら、私のやりたいことはこれだったんだって再認識しました」(日暮オーナー)
その後、千葉県にある「わおん」の障害者グループホームへ見学にいき参画することを決意。知識も経験もない彼女ですが、これから学ぶことを前提に、あまり後先を考えずに二つ返事で参画を即決します。
「今まで障害者グループホームを運営したことがないので知識はありません。でも、藤田社長にそれを伝えたら『大丈夫ですよ』と言ってもらえて。何が大丈夫かすら分からなかったんですが、直感的に大丈夫だなって思ったのも確かで……(笑)。分からないことだらけなんですが、聞いたりするなど直接現場で学んで、1個ずつ解決していけばいいかなと思ったんです」(日暮オーナー)
未経験の分野にチャレンジする際に、少しも不安がないという人はほとんどいません。しかし彼女は、そういった不安よりも喜びのほうが大きいと語ります。
「叶えたかった夢を実現できるということのほうが嬉しいんです。藤田社長をはじめ、わおんの運営本部が先頭になって引っ張っていってくれるので、私はその流れから落ちないように追いかけている感じです。こんな本部の方々と一緒に、障害者が一人で生きていける場所を残せたらなと思っています」(日暮オーナー)
障害者だけでなく殺処分される犬や猫も救う
彼女が「わおん」の事業に魅力を感じたのは、障害者が一人でも生きていける場所を提供できることだけではありません。わおん事業のもう一つのキーワードとなる「ペット共生型」に大いに魅力を感じたのです。
「わおん」は通常の障害者グループホームと違い、保護犬や猫と一緒に暮らすグループホームです。環境省が発表した資料によると、2017年に日本で殺処分された犬・猫は年間で4万4320頭(※参照)。20年前の60万頭と比べるとその数はかなり減少していますが、莫大な数であることに変わりありません。
この問題の解決を目指し、1店舗オープンするごとに殺処分される犬・猫を必ず1頭以上引き取ることがわおんに参画する絶対条件。わおんが全国に広がっていくことで障害者はもちろん、殺処分される犬や猫も救うことができるのです。こういった「わおん」の取り組みに賛同し、参画を決めた日暮オーナー。2019年4月1日に、「テラスハウス国立」という名前でグループホームを開所しました。
「わおんに参画することをまわりの人に話したら、反対されたこともありますよ。でも事業をよく知りもせず、やってもいないのに否定するのは違うなって思います。たしかに参画するには決して安くはない契約金が発生しますが、それはコンテンツやサポートに対して支払う金額ですよね。自分にはないノウハウを享受するために支払うと思ったら、むしろ安いかなって思っています。本部からいろいろ教えてもらうからには、失敗しちゃいけないって気持ちもありますし、なにより最後までちゃんとやりきりたいので、いまは楽しくてしょうがないですね」(日暮オーナー)
日暮オーナーにとって、ようやく巡り会えた念願の仕事。もちろん、簡単な仕事ではありませんが、持ち前の前向きさを活かし、困難にぶつかってもめげずに障害者が一人でも生きていける理想の場所を作ってくれることでしょう。
※掲載情報は取材当時のものです。