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2015-07-02 専門家が語る。フランチャイズ・独立開業コラム
株式会社アセンティア・ホールディングス CEO
土屋 晃 |
私がフランチャイズビジネスに携わった理由
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このコラムのポイント
今回のコラムでは、「牛角」でおなじみ株式会社プライム・リンク(持株会社アスラポートダイニングの100%子会社)の代表をつとめた経歴がある店舗展開のプロ、土屋晃氏がフランチャイズビジネスに携わった背景、これまでの経歴について書かれています。
フランチャイズWEBリポート編集部
フランチャイズに携わった理由は、ダイヤモンドを見つけるプロジェクトがきっかけ
1991年3月30日。
「成長するフランチャイズ・ビジネスを探せ!!」
当時、そんな掛け声とともに26歳の誕生日を迎えました。
ある意味、私の“第二の人生”のスタートでした。転職してベンチャー・リンク(正確には日本LCA)に転職したときの最初の業務がこのようにスタートしました。
会社の大号令「まだ成長していない、ダイヤモンドの原石となるフランチャイズビジネスを日本中から探せ!」とともにその新しい社内プロジェクトはスタートすることになったのです。
当時の私は、フランチャイズどころか社会人として右も左もわからない状態で、3年間の商社マンとしての普通生活を過ごしてきた単なる一介のサラリーマン。
全く新しいジャンルへの人生のチャレンジが、その日スタートしたのです。
早いもので、そんな私も日本のフランチャイズ、もしくは飲食ビジネスに携わってから、かれこれ25年!
ちょうどコラムのご依頼をフランチャイズWEBリポート様からいただきましたので、自分が今まで歩いてきた日本のフランチャイズのこと、アジアのフランチャイズのこと等々、徒然なるままに寄稿したいと思います。
今回の第一回目は、自己紹介から。
株式会社アセンティア・ホールディングス(日本)
Assentia Holdings Pte.Ltd(シンガポール)
CEO 土屋 晃
1965年 神戸市生まれ。同志社大学法学部法律学科卒業
1988年 神戸の商社に就職
1991年 ベンチャー・リンクの母体となる日本LCA入社、グループ投資会社であるリンクインベストメントを経てベンチャーリンクに部門ごと転籍。様々なフランチャイズ(以下FC)支援事業に参画
支援したFC本部20社中、そのうち7社を株式上場に導く。主な支援先として、サンマルクホールディングス、レインズインターナショナル、タスコシステム、ガリバーインターナショナル、フジオフードシステム、ゴルフパートナー、ウィズリンク等、他多数。
1995年 株式会社プライム・リンク(持株会社アスラポートダイニングの100%子会社)創業。
FC加盟店事業、FC本部事業ともに経験し日本全国に直営、FC加盟店舗を合わせて最大15ブランド約500店舗の飲食店舗を展開。
2001年 株式会社プライム・リンク創業から6年2ヶ月(当時のほぼ最短記録)後に、ナスダックジャパン(現ジャスダック)に株式上場。
2006年 同社代表を退任後、株式会社アセンティア・ホールディングス設立。FC発祥の地、アメリカのFC本部数社で研修を受け、最先端のFCノウハウを習得。
2010年 シンガポールに現地法人を設立。シンガポールを拠点に、ASEAN各国にパートナー企業を持ち、現地を足で歩いて築いたネットワークで日本企業のASEAN進出に関する総合支援を中心に活動中。
2013年 ジェトロ(JETRO)のサービス産業分野の海外進出コーディネーターとして認定。
2015年 クールジャパン・ファンドのシンガポール進出採択案件の諮問メンバーとなる。
★著書に『アジアで飲食ビジネスチャンスをつかめ!』(カナリア書房)がある
という人間です!
これからこのコラムでは、以下のことをご紹介したいと思います。
・加盟店の立ち位置でFCビジネスを展開してきたので、どんな本部が成長するか
・本部の立ち位置でFCビジネスを展開してきたので、どんな加盟店と契約すると成功できるか
・海外に日本のフランチャイズビジネスを展開してきたので、どんなFCビジネスが成功するか
・日本に展開したい海外のFC本部が多くあります。どんな海外フランチャイズ本部があるか
今となっては、私の人生の土台となったフランチャイズビジネス。
これからは、そのフランチャイズ業界や教えて頂いた先達の皆様に少しでも恩返しができればと考えています。
どうぞよろしくお願いします。